March 14, 2008

マクロビオティックはどうして失敗するのか

常々考えていたことがあります。
マクロビオティックは、どうして失敗するのか。


また微妙な話題で、これを表現するのが難しいのですが、
失敗することが必要なのではないでしょうか。
経験から何かを学ぶ人もいれば、騙されたこんなはずじゃなかったという人もいるでしょう。

でもね、マクロビオティックが病気を治すのではありません。
マクロビオティックが、私たちを変えてくれるのではありません。
そして、マクロビオティックが幸せにしてくれるのでもありません。

病気は病人自身が治すのだし、自分を形作るのは、自分です。
そして、幸せになるためにマクロビオティックを使うのだと思うのです。

しかし今のマクロビオティックは、自分に都合の良いものだけを取り入れるだけの食事法になってしまっている部分が、あるように感じました。

ポジティブシンキングな選択術。

ネガティブなもの・・「老い」「病気」「死」を否定する。
そしてマクロになりきれない自分自身さえも否定してしまう。
ただマクロビオティックは、苦しいばかりです。


例えば穀菜食をするとして、なぜ穀菜食なのか?
健康のため。長生きのため。
それは違うのかもしれません。

全然マクロビオティックしてない人が、100才まで生きて、朝ご飯がトーストとコーヒーだったりする。一日一個のプリンが好きだったりする。

なぜ穀菜食なのか?
この「なぜ」と考えることが、僕は『マクロビオティック』そのものの形であったと思うのです。
風さんの「気づくもの」という解釈が近いかもしれません。

「なぜ」が無いマクロビオティックは、どんなに忠実に厳格に実行していたとしても、教条的だし、意味をなさないと僕は思いました。

「なぜ」は哲学ですね。
そういう話が出ると、宗教ぽくなるのですが。

穀菜食をしていると、スピリチュアル・・精神的な感覚が成長するように感じます。
アンテナが研ぎすまされると、いうのでしょうか。

実際、各宗教において修行し、悟りを志す人たちは厳しく自分の食事を律します。
それは、桜沢のマクロビオティックに近いです。
研ぎすまされた人の話の中に、「神」や「宇宙」などという言葉が出てくるようになるのは、そういった原理のようなものを感じるようになるからで、別に宗教的にどうと云うわけではありません。


 なぜマクロビオティックをするのか?


もし、あなたの今が、ただ苦しいだけのマクロビオティックならば
その問いで答えが見つかるはずです。

食事法だけのマクロビオティックがあったとしても、ひとつの形です。
失敗という形も「なぜ」というもの気づきに出会うための、
きっかけなのかもしれません。


vegetus at 00:00│Comments(42)TrackBack(0)clip!マクロ本 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by マクロ美風   March 13, 2008 22:47
papaさん、こんばんは。
古い記事ですが、以前こんなことを書いています。
何かのヒントになったら嬉しいです。
「正食はイヤ! マクロビオティックをやりたいの!」
http://blog.goo.ne.jp/macro21/e/1ef56d7a896412f6a1795af9d1364049

「宇宙の秩序」の中で生かされていることに気づき、体の変化や心の変化に気づき、それらに対応しながらバランスをとって生きることが、マクロビオティックなんじゃないかな〜?

もっとサラ〜っとした自然体で、吹く風のごとく、
意識しないことがマクロビオティックだと思っていますよ〜。



2. Posted by 澪   March 13, 2008 22:56
マクロビパパさん、初めましてこんばんは。
今回の記事について、私なりに考えていることがあるのですが、言葉足らずで文才に欠けることもあり、あらぬ誤解を生んでしまったり嫌な思いをさせてしまったりするのではないかと、書くことに躊躇してしまいます。
なので、もしマクロビパパさんがパソコンのアドレスをお持ちでそちらに送っても問題ないということでしたら、教えていただきたいのですが、どうでしょうか?
宜しくお願いいたします。
3. Posted by macrobi papa   March 14, 2008 08:50
マクロ美風さん、この記事は間もなく消去します。
ちょっとやはり書くべきではなかったと思うのです。

4. Posted by macrobi papa   March 14, 2008 08:53
澪さん、--------------------------
インターネット上にアドレスをあげるのは微妙なので
確認したらコメントにご連絡ください。
5. Posted by あさひ   March 14, 2008 11:30
パパさんこんにちは。
パパさんの記事を読んで、自分にとってマクロビオティックとは何か、考えています。
図々しくて申し訳ありませんが、一つだけ質問させて下さい。

『マクロビオティックで失敗した』とは、どういった状況を指しているのでしょうか?

6. Posted by 澪   March 14, 2008 11:58
パパさん、ごめんなさぃ、アドレス確認しました!
7. Posted by サイコ@hearty   March 14, 2008 14:08
パパさん
私も気になったのですが
>マクロビオティックで失敗したってどういうことかと

私はどんな人生も失敗ってないと思うのです。あと間違った人生っていうのもないと思います。何が善で何が悪かもないと思っております。

マクロビオティックだろうと、毎日のプリンだろうと、カップラーメンだろうと玄米だろうと。
毎日感謝して生きていることができるのなら、わざわざカップラーメンに悪のレッテル貼る必要もないことかと思います。

失敗は成功の元、、、そういう言葉もありますから、パパさんおっしゃるようにそこから気づきをえることもできます。そう思うとありがたいことですよね。

マクロビをやる、失敗する、気づく、、、、、

パパさん、なにかいろいろと考えていらっしゃるのですね。

こたえがみつかったらお聞かせください。
8. Posted by rurikoi   March 14, 2008 14:13
『マクロビオティックで失敗した』とは
食べることを楽しまなかったということだと思います。何を食べるかも大事だけど 誰と食べるかも大事で
どんなに体に良い食事でも ボソボソ食べる食事なんて栄養にならないと思いませんか?
大きな丼に山盛りの大根の煮物と青菜のみそ汁だけでもごちそうだった時代には こんな悩みはなかったような気がします。
肉は飼っている鶏をお正月にいただくだけ。魚はフナとかカジカとか。あとは畑でとれる野菜。
冬は雪が深くて野菜は秋に収穫できたものばかり。
今 人に言わせれば マクロ的な食事。

はじまりもなければ終わりもありません。
野菜や他の命をいただいて生かされているのですから。
9. Posted by keitann49   March 14, 2008 14:59
とっても大切な事が書いてある良い意見ですよ。消去する必要はないですよ。これからマクロをやる人にも、長く続けている人にも時々立ちどまり再考する事が必要と思われる傑作です。

10. Posted by macrobi papa   March 14, 2008 18:57
失敗という言葉は、不適切だったかもしれませんね。
ただその状況を表す言葉が他に見つけられなかったので。

この世界にあるどんなものも、すべてに存在する意味があります。良いことも、悪いことも。
善悪さえも、ただの陰と陽に過ぎません。

自分を客観的に観察する視点、第3の目と呼ばれるものです。マクロビオティックは、そういった気づきを得るためにあるのではないかと思っていました。
人々が、自分のやりたいことを思いっきり楽しむためにあるものだと。

それなのに、なぜマクロビオティックで苦しむことがあるのか。僕はずっと考えました。

友達や恋人と上手くいかず、食べ物に悩み、マクロビオティックをすることに一生懸命。
11. Posted by macrobi papa   March 14, 2008 18:58
マクロビオティックはやるものでなく、
そういう形になっていくものだと思ったのです。
自然に、気がついたらマクロビオティックだったみたいな。
それで良いと思うのです。

頑張らなくても良いし、人それぞれのマクロビオティックの形があっても良い。

僕のマクロビオティックは、玄米を食べるかどうかではなくて、自分で選択し、その結果が良いものであれ、悪いものであれ、受け入れて生きていくこと。そういう形なのです。
12. Posted by macrobi papa   March 14, 2008 19:00
あと、rurikoiさん。
なんというか。

僕はあなたの息子で本当に良かったと思うのですよ。
13. Posted by tender   March 14, 2008 19:48
自分のブログでもストレートにはこれまで
書いておりませんでしたが、
パパさんの言いたいこと、たぶんおおむね理解できます。

そして現在のマクロビへの危惧も
感じています。

>穀菜食をしていると、スピリチュアルな感覚が成長するように感じます。

本当にそうですね。
わたし、心の部分が一番変わりました。

健康、長生きのためではなくて、
私にとっては、
「今がこんなに楽しいもの」と、
思えること自体が、マクロビオティック。
限られた文字で表現することができないのですが。
自分の幸せは自分にしかないこと。
他の誰でも、環境でも、食べ物でもなく、
自分自身の中、自分そのものであること。

色々なことが昔の自分では
考えられないことなのですが、
過去をひっくるめて自分であることも、
またマクロビが教えてくれました。
ありがとうございます、いつも。
14. Posted by tender   March 14, 2008 19:58
補足なのですが、

先ほど、私が「おおむね理解できます」
と書いた気持ちの裏には、

まだまだ私は勉強途中でもっと
吸収したいことや勉強したいことが
あるのですが、そうすればもっと
パパさんの言いたいことが
深く理解できるのではないか、という
気持ちがあるのでそのような
表現になっています。

>マクロビオティックはやるものでなく、
>そういう形になっていくものだと思ったのです。

そうですね。そして本当にそうでした。
15. Posted by サイコ@hearty   March 14, 2008 20:05
パパさん

ほっとしましたぁ。

>僕のマクロビオティックは、玄米を食べるかどうかではなくて、自分で選択し、その結果が良いものであれ、悪いものであれ、受け入れて生きていくこと。そういう形なのです。

私もそう思います☆
摂食障害の方、家族のことで悩む方、たくさんの方にお会いして皆さん問題そのものをとりのぞきたいとおっしゃいます。もちろんツライ状況では早くそこから脱したいと思うのは当然でしょうけれど、そこから学ぶこと得ることがあるということ。

だからまずは受け入れることなんですよね。それから気づきをえてどうすればよいか考えていけばいい。

生かされている。

ステキな言葉聞きました。ありがとう


16. Posted by マクロ美風   March 15, 2008 11:31
papaさん、一瞬にして消したくなる気持ちは分かりますが、起きたことすべてには意味があります。

正々堂々と正面から向き合いましょう。
keitan先生のご意見に賛成です。
17. Posted by naon   March 15, 2008 14:02
papaさん、こんにちは。
記事、消さないで欲しいです。

公に文章を残すことは、大きな影響力を持つことがありますね。
自分の意図とは違い、誤解を招くことだってありますね。

でも、今回papaさんがされたように、
後からでも周囲への影響を配慮し、
さらに誤解を解くべく言葉を尽くすこと、
それはとても大事なことだと思います。

私はりほさんのブログも開設当初から全て興味深く拝見しています。
温かいpapaさんのファンでもあります。

勝手なことを書きましたが、
きっと記事を消すとかだけでなくとてもお辛いのではないかと思い、
応援の気持ちを表明したくて書かせていただきました。
papaさんの世界観、もっと聞かせていただきたいです。
18. Posted by mizutamanao   March 15, 2008 17:23
papaさん、改めて考える機会をいただきました。ありがとうございます。

papaさんの仰りたかったこと、もしかしたら 「マクロビオティックは何故行き詰まるのか」 だったのかな、と感じています。

ストイックに出来ず行詰まること、学ぶチャンスがなくて行詰まること、家族に理解を得られず行詰まること、…色々あったけど、その時その時で考えたことは私の糧です。papaさんにも沢山ヒントを頂きました。
19. Posted by macrobi papa   March 15, 2008 19:43
難しいのですが、人それぞれのマクロビオティックを
認めながら、僕は自分の意見を強く書いてしまいました。

読み方によっては、クシや正食を否定してしまいます。
それを考慮して消去することを考えました。
ただ、皆さんの記事が足りない部分を補ってくれていますね。

この記事は消去しないつもりです。
どうぞよろしくお願いいたします。
20. Posted by macrobi papa   March 15, 2008 19:44
次はもう少し、明るく楽しい記事を書きますね。
21. Posted by 澪   March 15, 2008 20:37
パパさん、こんばんは!
教えていただいたアドレス宛てに、メールを送ってみたのですが、届きましたでしょうか?
時々、届かないということがあるので、気になってコメントしました。では、失礼いたします!
22. Posted by macrobi papa   March 16, 2008 04:28
澪さん、こんばんは。

丁寧にメールを頂きましたので、お返事に長考しました。すみません。

ちょうどコメントを頂いた辺りに、そちらにメールで着いたかと思います。
もし届いていなければ、もう一度送信いたしますので、お知らせください。

23. Posted by 澪   March 16, 2008 05:26
パパさん、おはようございます。
メール届いていたようで安心しました。長々と駄文をすみませんでした(汗)
あと、パパさんからのお返事メールは届いていないようです。お手数お掛けして申し訳ないのですが、もう一度お願いできますか?
宜しくお願いします。
24. Posted by fujitamanegi   March 16, 2008 08:57
papaさんのおっしゃること、私ははっとさせられました。
「失敗」の反対は「成功」。・・・でも、マクロビオティックをいきなり取り入れて、家族にすんなり受け入れられることの方が珍しいのかなぁ、とも思いました。ある程度は「苦しい」のかなぁ、って。それでもマクロビオティックを続けていくのは・・・何故なんだろう?って。
かといって逆にマクロビオティックを止めることができるかな?と考えると、それには「否」と即答できるんですよね、私。・・・何故なんだろう?
私の先生は「求めれば求めるほど遠ざかる。それが陰陽ですよ」とおっしゃっていました。
ガチガチにマクロビオティックを続ける(陽)と、息苦しくなってやめたくなったりする(陰)と思います。
今の私がマクロビオティックを続けていこうって思うのは、それなりに程々になったからかなぁ・・・?
思ったことをぼそぼそ書いてしまいました。的外れなコメントで、ごめんなさい。
25. Posted by こなっぽいなもたん。   March 16, 2008 15:59
今回の記事、とても勉強になりました。

なんて書いたらいいかわからないんですが、
今の時代は 食べること=生きる だけではないんですね。
楽しむことでもあるんだ。。
私は食べ物が変化していく様(料理)がおもしろくてそれを教えてくれたマクロビオティックを『おもしろいもの』をして捉えてたんですが、苦しんでおられる方もいるんですね。
マクロビオティックって名前が問題なのかな?

何が書きたいのかわかんなくなってしまいました。
(汗)
私はパパさんの『食』に対する姿勢が好きです。マクロ関係なく。
これからもどうぞよろしくお願いします♪
26. Posted by mat   March 16, 2008 22:15
私はマクロビアンではないのですが。宗教と結びつけるのもどうかとは思いますが、それらすべては心の健康のためだと思っています。どんなに健康的な生活をしても病気になる人はなる。でも何か自分がいいと思えるもの、共感できるものをもっていることはいいことだと思います。自分の人生は自分で選択していくものだから。いつはじめてもいつやめてもいいと思います。
27. Posted by mat   March 16, 2008 22:16
(つづき)
ときに、弱い心につけこんで健康食品の類を(ここに品物を書くのは避けますが)万能といって売り込みする団体をみます。つけこまれた側は徐々にだまされたと感じているのかもしれませんが、反面もしかしたらという気持ちを捨てきれず、やめられなくなってさらにたくさんのお金と精神をつぎこみます。西洋医学がすべてとはいいませんが、その売り込む人たちも信じている人を相手にしている以上、責任を持って欲しい。。どうやらマクロビオティックから離れてしまいましたが。そういう人たちを何人かみて悔しい思いをしたことがありましたので、ここを読んでくださった皆さん、どうか常に柔軟な心で、自分が無理せずとも信じられるものを続けていってください。
28. Posted by macrobi papa   March 17, 2008 07:14
澪さん、ごめんなさい。
再送いたします。

届きますように。
29. Posted by macrobi papa   March 17, 2008 08:16
マクロビオティックで、失敗が無いとすれば、成功と云う形も無いのかもしれません。
もともと、これが成功の形と云うものも無いのかも。

マクロビオティックは浮き輪のようなものだと、そういう例えを聞いたことがあります。

30. Posted by macrobi papa   March 17, 2008 08:22
大きな広い海にいて、溺れそうな人。
たまたま見つけたマクロビオティックと云う浮き輪。

とりあえずバシャバシャ泳ぎ始めます。

浮き輪は大きいものや小さいもの。人それぞれ違う形。
僕たちは、あの人のが大きいとか、あの人のがかっこいいとか比べたがります。
でも、浮き輪は浮き輪。

バシャバシャやるうちに、だんだん泳ぐのが上手になってきます。人は、浮き輪から離れて、自分の力で泳いでみたいと思うようになります。

僕はね、マクロビオティックには、泳ぐ練習という役割があって、そしていつか手放すことで完成するんじゃないかなと思いました。

それはマクロビオティックじゃない違う形になって行くのかもしれませんし、自然に意識せずマクロであることかもしれません。
31. Posted by macrobi papa   March 17, 2008 08:27
本当はね、その先があって、
人は泳がなくても良いと云うことに気がつきます。

ただゆらゆらと、海と同化していくの。
悟りのレベルです。

マクロビオティックは、宗教じゃないけど、突き詰めて考えていくと、禅もヨガも、仏教も合気道も、そしてマクロビオティックも、すべて同じところに行き着くのだと思いました。
ひとつの山に、たくさんの道があるような感じ。

32. Posted by macrobi papa   March 17, 2008 08:41
マクロビオティックと云う言葉が広まって行くうちに、いろいろなものが入ってしまって、これが「マクロビオティック」と定義するのは難しいのかもしれませんし、その全部を、そのひとつの言葉で表してしまうのも、無理があるのかもしれません。

支配と依存の関係と云うのがあります。
それはメディアにも、西洋医学にも、そしてマクロビオティックにも見られるように感じます。
また、微妙な話題で。

依存してしまうの。
自分の暮らしも、健康も、食べるものも。
支配する側に、吸い取られながらも依存しなくては生きて行けない。
マーボー豆腐の素が無いと、マーボー豆腐作れないみたいな。
ホントはそんなことないんだけど。

マクロビオティックは、自分で選択し、その責任を負うこと、「人間の自立」が自由と云う形であると教えます。
僕たちは、自分で一からマーボー豆腐を作ることも出来る。
それが失敗しても、良いの。もう、この例えはいいや。

そういう逆の勢力(マクロビオティック)が生まれたのも、
また必然なのかもしれません。

そうやってバランスをとって、世界は続いて行くのでしょう。

陰と陽ですね。
どちらもなくならないし、どちらも必要。


ははは、この話題。
難しすぎて、書いてて分からなくなるのが難点ですね。
33. Posted by gaku-ni   March 22, 2008 00:43
マクロビオティック... WHAT WE FOUND IT!!!
34. Posted by macrobi papa   March 22, 2008 11:27
そして難しいコメントが付く(笑)。
35. Posted by 自然食品店モスラの娘   August 08, 2008 03:43
 は〜ぁ、やっと見つけた はじめまして
 モスラの娘と申します
 お気付きとは思いますが本名ではありません(笑) 初めて読んだブログが
りほさんのものだったのでどんな方かしらんと気になって、つい・・・
 私の母は、カリスマタイプのマクロビ指導者で、私は、その不承の娘です
 マクロビとの付き合いはかれこれ40年近くになりますでしょうか・・・
 そして、私もまたトラウマを抱えた一人です
 玄米菜食をすることだけをマクロビととらえるなら私は、マクロビを辞めたことになります
 人も、自然の生態系の一部であることを意識しながら、感謝して食物(生命)をいただくことーーそれをマクロビと呼ぶなら、私はまだ、その中にいます    赤ちゃんが、お乳を選ぶように、人は、自分の健康を守ろうとする機能を生まれつき備えているようです 同時に、滅びの遺伝子も持っています
 私たちが、生まれ死ぬことは、地球のターンオーバーの一部に過ぎないのかもしれません・・・(もし、人間よりはるかに高い知性を持った生命体が地球を見渡し、高等生物、下等生物の区別をするとしたら、高等生物=健康細胞として認識されるのは、間違いなく植物だと思うのです)
 「優しさは、想像力」私の親友の言葉です
 言葉で伝えられることには限界があって、その人のどんな経験や人生観に裏打ちされた発言なのかは、聞いてみるまで分かりません そこにある言葉面だけで判断しない、いい意味での想像力を働かせながら対話していきたいものですね  どうも、お邪魔しました
36. Posted by macrobi papa   August 08, 2008 06:10
自然食品店のモスラ娘さん、おはようございます。

僕がこのブログを初めて出会った中で、トップ3に入る印象的なハンドルネームですよ。

この記事が、僕のトラウマですよ、もう(笑)。
りほさんともめちゃったのは、ひとえに自分の中に住む傲慢さが原因です。
ただ「何をたべるか」のマクロで、全部を拒絶してしまった彼女を受け入れることが出来なかったのね。

僕には、『自然体』であることがマクロビオティックです。

そして、マクロビオティックをすると云うことは、自分で選択していく、そしてその結果を受け入れること。人間の自立、「自由」です。

マクロビオティックは「生き方」。
何を食べるかだけではないと思うし、長く生きる方法でもありません。

37. Posted by macrobi papa   August 08, 2008 06:10
穀菜食は、狭義のマクロビオティックだと考えています。
決してそれが悪いと云うのではないんですが。

最初のうちは、ただひたすら師匠の真似をして繰り返し、型を学ぶ。
華道にしても、合気道にしても、なにか「道」を極める時には、必要なプロセスだと思います。

ただ、マクロビオティックにとっての「善」を守るため、ただひたすら良いものを取り入れようしてしまうことがあるように思いました。

自分にとって、ネガティブなものを拒絶してしまう。

農薬のかかった野菜、動物性、自分のなかの弱さ、老いていくこと。そして死ぬこと。
拒絶して、こだわって、逃げ切れなくて、
マクロビオティックは、ただ苦しいだけです。

でも、桜沢先生の教えたのは、
この世に善も悪もなく、ただ陰陽があるだけ。
光と陰があって、より自然になる。

僕は、ネガティブなものも受け入れてあげたい。
マクロでない食事も、自分の中の陰の部分も。

そしていつか僕が死ぬとき、笑顔でいられるように、精一杯、毎日を生きていきたいと思うのです。


この記事は、トラウマですが、僕にとってとても大切な記事です。探してくれてありがとうございます。
38. Posted by 自然食品店   August 08, 2008 13:16
 名前でビックリされるとは、思いませんでしたわ
 そもそもは、私の親友の嫁ぎ先が、ありきたりな会社名なのでよ他社と間違われてて、「改名を考えてるんだけど何かいい名前ない?」と相談されたのが、きっかけですの
 「ゴジラにしなさいよ、インパクトあるし」と言ったら、「そっちが、自然食品店モスラにするなら考えてもいい」ってなって、その話を聞いた別の友人が、衣料ストア
39. Posted by 自然食品店モスラの娘   August 08, 2008 14:42
 すみません・・・
 主人が配達から戻って来たので、焦って書きかけなのに、送ってしまいました(では、続きから)
 別の友人が、衣料ストア:キングギドラの娘を名乗り始めましたの・・・いやはや、若気の至りです

 母は、桜沢先生の孫弟子にあたります
 直接お会いしたこともあるのですが、当時、桜沢先生は大変おモテになってらして、「我こそは片腕に」と密かに?念掛けておられる先輩のお弟子さんたち(女性の)が大勢居られたそうです
 リマ先生をお選びになったのは、母曰く「一番美人だったからよ」・・・アハハ
 お料理の腕では、一番は小川みち先生、人柄ではヘルマン相原さん・・・母が受けた印象だそうです
 リマ先生のお料理は、とてもおしゃれで素晴らしかったのですが、和食ではみち先生の右に出る者はいないと感じたそうです
 しかし母は、最初は正食協会で岡田周三先生に、その後、岡田先生の薦めで、小川法慶先生に弟子入りしました
 女の闘い?は、結構長く続いたそうで、それに巻き込まれたくなかったのと、何より、小川法慶先生の人柄に惹かれてのことだったようです
 桜沢先生というと、皆さん神様のように、厳格で高潔で、自分に厳しい方だと思っていらっしゃるのですが、私の聞いた人物像は、だいぶ違います
 甘い物が大好きで(特に、大福もちが好物でらして)、それをお弟子さんにたしなめられると、「自分は、加減を知ってるからいいんだ!」と、烈火のごとく怒ったりする子供っぽさもお持ちでした
 亡くなった時、公式には、「おもちを喉に詰めて・・・」と説明されましたが、前述のお弟子さんが母に「大福が喉に詰まったのよ」と耳打ちしてきて、どんな顔をしていいか分からなかったと、後で申しておりました
 こんな話も、人とともに消えていってしまうのでしょうね
 まだ不慣れなので、誤字脱字が多いかもしれません ご容赦のほど
 


 
40. Posted by macrobi papa   August 08, 2008 22:10
こんばんは、自然食品店のモスラ娘さん。
ははは、説明最後の方はしょりましたね。

モスラとキングギドラとゴジラがもういるんですね。僕、ゴジラで行こうと思ったんですが・

あと、格好良いのガイガンくらいしかいないなぁ。

ガイガン知っていますか。
悪役です。目からビームが出ます。


>こんな話も、人とともに消えていってしまうのでしょうね。

ここに書いちゃうと消えません(笑)。
僕、消さないし。
41. Posted by みかん   August 11, 2008 19:52
>ただ「何をたべるか」のマクロで、全部を拒絶してしまった彼女

そうではないと思いますよ。
そんなふうに他人が一言で現せるものでもないですし。
さらっと書いてしまっているところにとっても違和感を覚えました。

「何をたべるか」のマクロであろうとパパさんのいう「生き方である」マクロであろうと同じだと思います。
42. Posted by macrobi papa   August 12, 2008 07:07
みかんさん。

僕も拒絶していたのですね。
さらっとは書いてはいないつもりでした、いろいろありましたから。

なぜ同じであると思うのか、解釈に悩みました。
宜しかったら、みかんさんの意見を聞かせて頂けないでしょうか。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔