March 27, 2008

マクロビはじめて物語 2)桜沢如一

今日は、マクロ本から「マクロビはじめて物語」2日目。

マクロビオティックを作った人、
その2人目は、マクロビオティックの「生みの親」である「桜沢如一」先生。

波瀾万丈の人生を歩みながらも、世界中を巡って
マクロビオティックを作り出した人です。


桜沢如一

桜沢如一 さくらざわ ゆきかず (1893〜1966)

 1893年(明治26年)。
マクロビオティックの父、桜沢如一は明治時代の京都に生まれます。

 幼少時代に貧困と病気に苦しみながらも、
小僧、牛乳配達、店員、船員などをして生活をつなぎました。

 1912年(大正元年/19才の頃)、石塚左玄氏の「食養生」を学び、
それを実践した桜沢は、長年苦しんだ肺結核、腸結核の持病を治し、
健康を回復します。それは彼の人生の方向性を決める大きな転機になりました。

 貿易商として会社を経営しながらも、左玄氏の伝統を受け継ぐ「食養会」に入会。
震災で横浜の桜沢の店が壊滅したため商売から手を引き、
以後、食養会の事業に身を投じます。

 1927年(昭和2年/34歳)には、同、食養会の監事に就任。
同会の復興・指導に専念する傍ら執筆活動を続け、
「ナトリウム・カリウムのバランス論」など「バランス」という観点で、
食べ物を相反する2つのもので認識するという、当時の日本ではとても斬新だった理論を発表します。

 さらにこの「バランス」という観点を、東洋思想の陰陽の考え方に当てはめて「無双原理」を生み出しました。
この理論を世界に発表するため、1929年(昭和4年/36歳)に、シベリア鉄道経由でフランス・パリへと無銭旅行します。

どん底の貧しい生活をしながらも、パスツール研究所、ソルボンヌ大学で学び「無双原理」「花の本」を出版、「ジョージ・オーサワ」として、その名を広く知られるようになります。

 1935年(昭和10年/42歳)で、帰国。
44歳で、食養会の会長に就任します。
その月刊誌『食養』は購読者1万人という盛況ぶりだったといわれます。

そして46歳で出版した「新食養療法」は、たちまち300版以上の増刷を繰り返すほどのベストセラーとなります。

同年、食養会の会長を辞めて、翌1940年(昭和15年/47歳)で、無双原理講究所を創設。マクロビオティックの名著「魔法のメガネ」を出版します。


しかし当時の日本は、第2次世界大戦に入ろうとしていた時代。
桜沢は、その帝国主義を批判し、日本は敗戦するだろうと予言。

1944年(昭和19年/51歳)には、ソ連に日米の仲裁をさせようと、満州からの違法の国境越えをはかり、憲兵隊に捕らえられます。
運良く危機を脱出し、帰国するのですが、
翌年、昭和20年1月、隠れていた妙高温泉で、警官隊に囲まれて投獄。
厳しい拷問で、視力の80%と左足の自由を失います。




やがて8月15日、終戦。
解放された桜沢は、世界政府運動を始めます。
その中で、東洋の易・陰陽の宇宙観から導き出した独自の食養法「マクロビオティック」を提唱します。
そして、自己コントロールによって、自らを本当の意味で健康にすることが、世界平和につながる道だと、説きました。

1948年(昭和23年/55歳)、MI塾(メゾン・イグノラムス)を創設。
そこで多くの青少年たちを育て、海外に送り出します。

研究生たちは、やがて広くネットワークを築き、世界各地にマクロビオティックセンターを作ります。それは、後にアメリカで発生するニューエイジ・ムーヴメント(*1)やホリスティック医療(*2)のベースにもなりました。

1952年(昭和27年/59歳)、「永遠の少年」を出版。
1956年(昭和31年/63歳)、アフリカで不治の伝染病にかかり、食養でこれを直し、マクロビオティックをシュヴァイツェル博士に 証明しようとする。

1961年(昭和36年/68歳)、「ゼン・マクロビオティック」出版。
1964年(昭和39年/71歳)、原子転換実験に取り組む。

 晩年は、『世界精神文化オリンピック』や『世界平和憲章』などを企画。
1966年(昭和41年)、73才でその生涯終えます。


桜沢先生は、私塾でも、懇切丁寧に教えるということはありません。
どんどん質問を浴びせて、叱るだけ。
だから生徒は、ひたすら考えるようになります。

例えば、「たった一粒の麹で、甘酒を作れ」というのがありました。
甘酒は、お粥にしたごはんに、米麹を混ぜ込んで糖化させて作るもの。
しかし一粒の麹では、無理な話。
甘くなる訳がない。

でも、一粒でも作れるんです。


麹が一粒なら、お米も一粒にすれば良いんですね。
小さく粥一粒を、麹とあわせて砕く。小さな甘酒になる。
これを元に、増やすことはできます。

物事の変化には、段取りがあって、その順を追って変化していく。
一つの秩序がそこにあります。
普段の生活の中にも、宇宙全体を動かしている秩序を見いだせる。


考えることで、人は自立し、本当の自由を見つけていけるのかもしれません。
やりたいことを思いっきりやって、
一度の人生を思いっきり楽しむこと。
それがマクロビオティックの自由。
桜沢の生き方は、その自由そのものであったように思います。



【マクロビはじめて物語 3) 久司道夫 】へと続きます。
現在、オーサワ式マクロビオティックとして、日本CI協会を中心に普及活動を展開しています。

引用/参考文献
日本CI協会 トップページ


追記>

*1)ニューエイジ・ムーヴメント:1960年後半にアメリカ西海岸で興った東洋と西洋の様々な思想が融合した新しい思想のこと。

*2)ホリスティック医療:部分的ではなく人間全体(ギリシア語でホルス)をみる医学で、60年代のアメリカで興った概念です。病気ではない状態や検査値が正常であれば健康とする考え方ではなく『精神・身体がほどよく社会と宇宙に調和し、与えられている条件において最良の状態』を健康と考えます。具体的には西洋医学をベースに中国・インドなどの東洋医学を取り入れ、自然治癒力を増強させることで病気を治癒します。



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この記事へのコメント

1. Posted by すみません   March 27, 2008 08:07
マクロビとは関係ないんですけど、ここだけ引っかかったもので…

>しかし当時の日本は、軍事中心にして世界を敵にまわそうとしていた時代。
日本は世界を相手に、無謀な戦争をはじめます。

 マクロビ関係って何となく左巻きな人が多いので、それで群れをなすのにずっとためらいがあったのですが、本来マクロビオティックが中庸やバランス取りを目指すのなら、こういった本を読んでおかれても良いのかな、と思いました。↓

「おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状」 小学館文庫 中条高徳著
2. Posted by papa   March 27, 2008 17:56
長い記事、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

僕も読み直してみて、引っかかりました。
よくない表現です。
文章の練りとチェックが足りなかったと思いました。

教えていただいた本、取り寄せて読んでみますね。
コメント、ありがとうございます。
3. Posted by hisako   March 28, 2008 09:11
こんにちは。
私が通っているマクロビ教室では上級に進むにあたり桜沢先生の「食養人生読本」を読んで感想文を提出することになっていて、まさに今から読もうと月曜日に買って来たところです。
「魔法のめがね」も読んでみましたが、なかなかなんというか、主人が良く言うんですけどマクロビって哲学かしら?なんて思っちゃいます。でも、とても解りやすいんですよね。「食養人生読本」は難しそうと思ってましたがパパさんの記事を読んで少しやる気が出て来ました。ありがとうございます。
4. Posted by macrobi papa   March 29, 2008 07:02
hisakoさん、こんにちは。

この記事は、僕がブログを始めた頃。
もうずっと昔に書いたものです。
GOの研究をしていて、詳しい年表を見つけたので、改めて編集してみました。
文章には、甘いところがありお叱りのメール、もらったばかりですが、ネット上の資料用として作成したものです。

突然こういうのが出てくると、普段の読者はびっくりしますよね。すみません。

5. Posted by macrobi papa   March 29, 2008 07:03
哲学は、一部の選ばれた人のためのもののような、難解なもののような空気があります。
でも本当は、身近な、いつも見逃してしまうことにピントを合わせ、なんでだろうと考えること、それがもう哲学なのだと思うんです。
ちょっと肩に力の入った最近の僕の記事が、そういうのを難しくしてしまったように感じました。
重ね重ね、申し訳ないです。

マクロビオティックの理論を学ぶとき、先生に教わることはヒントです。そのまま受け入れていくのではなく、考えて、実行して、その経験から学ぶものが、本物。
そういう桜沢先生の教え方のスタイルが、うまく伝わればと思います。
まだまだ未熟な文章ですが、最後まできちんと読んでくださる人がいることに、心から感謝しています。
6. Posted by tender   March 30, 2008 08:37
勉強になりました。
まだまだマクロビオティックに関して
知らないことがたくさんあります。
知らなくてもいいのよ、と言われることも
あるのですが、知っておきたいことも
どんどん増えてきています。
また遊びに来ます。
よろしくお願いします☆
それにしても、papaさんの謙虚な想いに
私は頭が下がります。
私もそうありたいと思います。
7. Posted by macrobi papa   March 30, 2008 18:54
tenderさん、こんばんは。
先日の子供とマクロビオティックの記事は、すばらしい記事でした。
僕、なんどもあれを読み返しました。

次は水餃子の記事です。
今、新しいパソコンの調整で記事のアップが遅れています。でもこの子(新しいパソコン)が本格的に僕のサポートをしてくれれば、すごいことができちゃうんですよ。
うれしいなぁ。
8. Posted by 澪   March 31, 2008 21:10

パパさん、こんばんは。

パパさんの表現された、『物事の変化には、段取りがあって、その順を追って変化していく。一つの秩序がそこにはあります。』

『考えることで、人は自立し、本当の自由を見つけていけるのかもしれません。』

というお言葉に深く共感しました。前記事でパパさんのマクロビオティックに対する考えを読んでいたこともあり、今回の記事では、これがパパさんの伝えたかったことなんだなぁと自分なりにですが感じました。

そして、マクロビオティックを意識しすぎて出口のない迷路で彷徨い続けることのないよう、自分の中心に軸を持ち、しっかりと大地を踏みしめて歩いていけるよう、自立、自律します。
パパさん、ありがとうございます!
9. Posted by macrobi papa   April 02, 2008 03:30
ありがとうございます、澪さん。

最近力の入った記事を書きすぎました。
今、少しクールダウンしています。

って、次の記事も結構巨大化しつつあるんですよね。
なんというか。
そういう時期なのかな。

それとも何かの排出でしょうか(笑)。
10. Posted by mori   October 17, 2009 16:40
桜沢の肉声
http://www.nvvm.org/ohsawa.htm
11. Posted by macrobi papa   October 18, 2009 00:24
英語でした。
情報、ありがとうございます。
12. Posted by mori   May 23, 2010 18:15
誤記有り。
「幼少時代に両親を失い」
とありますが間違いです。ニョイチの父孫太郎は81歳の当時としては長寿を全うしています。
孫太郎は元冶元年(1864)に生まれ昭和20年に亡くなりました。当時のニョイチの妻「しな」が届け出ています。
13. Posted by macrobi papa   May 23, 2010 21:29
情報ありがとうございます。

両親を失いとありましたが、幼い頃に如一を残して父は家を出ています。
その部分は特に書かなくても良いかと思ったので、除外してみましたが、
誤解を招く表現だったかもしれません。

削除して、お詫び申し上げます。
14. Posted by mori   April 04, 2011 21:59
如一は京都で生まれたのではありません。和歌山県新宮で生まれました。14歳で祖父三四郎、父孫太郎と一家で京都に移りすんだのです。私は如一が他界したときの唯一人の子で茂里といいます。従って彼の謄本を取り寄せることの出来るのは私だけです。ヤフーブログで削除された私の謄本を上記urlに張ってありますし、如一の謄本もアップできますが...
15. Posted by 熊野   July 03, 2011 14:04
新宮の武士の家に生まれたと聞きましたが。
16. Posted by papa   July 03, 2011 21:37
謄本は、無しで。
不特定多数の人が見るものですので、できるだけ個人情報の記載は、お控えくださいね。
ご迷惑かかると、申し訳ないし。

いくつかの公の文献を比較して、記事をまとめたもので、その情報自体の裏付け聞き込み調査まで行っていません。
情報を補てんして下さるコメントは、歓迎です。
17. Posted by mori   July 21, 2011 07:00
1 公の文献とは日本CI発行の書籍のことですか?日本CIは公の組織ではない。また、書籍を公の文献とは言いません。公的な機関の発行したモノを「公」と言うのではないでしょうか。書籍を公の文献とは笑止千万。
18. Posted by papa   July 21, 2011 23:03
moriさん。
日本CIが、公共の機関でないことは存じております。

公という言葉には、おっしゃるとおり、『政治や行政にたずさわる組織・機関』という意味と、『広く世間一般に表れ出ること』の2つの意味があります。

僕が、公と申しましたのは、後者の意味です。
文献の定義も、私とは異なるようですが、これ以上は申しません。

私の書き方が、誤解を招く文章であったかもしれませんね。
ご指摘頂いて有り難うございました。

あなたのものですから、mori様の自由ではございますが、
謄本のようなものは、あまりネットで公表するものではないように、思います。

また、私はそれを望みません。
そこは、ご理解下さい。

moriさん。
ブログを拝見いたしましたが、桜沢氏に対して、いろいろ想いがあるようですね。
でも、あなたの探すものは、ここには無いのです。

ネットは、顔の見えないところでございます。
あなた様を尊重して発言いたしましたが、
ご不快な想いをさせてしまったようですね。

お許し下さい。
19. Posted by mori   July 22, 2011 08:36
紳士的なご対応に対し尊敬を込め評価しています。私のブログは恨み節ブログです。邪道です。でも誰かに知って貰いたかった。如一は尊敬しています。
侮辱的な発言を深謝します。
20. Posted by mori   July 22, 2011 08:38
京都は如一の生誕の地ではありません。改めてもう一度。
21. Posted by papa   July 22, 2011 18:47
人間は完璧ではありません。
失礼ながら、桜沢氏もまたそうであったと思います。

桜沢氏も人間です。
彼は神様ではないし、人のつくりだしたもの、マクロビオティックもまた不完全です。

あなたは、桜沢氏の良いところも、悪いところも見てきたのだと思います。
しかし、巷にある文章のほとんどは、彼を神格化するものばかりです。この頃書いた、僕のこの記事も同じですね。
あなたが、快く思わないのも当然です。

今の私は、桜沢氏がどういう方であったか、この頃より知っています。

しかし、人は不完全であって良いのだと思うのです。
完全であれば、そこに成長の余地はありません。
不完全であるからこそ、人間には可能性があります。

私にも、あなたにも。

書くことで、こころが整理されていくことがあります。
無駄だとは思いません。
私もブログを書き続けたから、今の自分がありますから。

マクロビオティックは、人の生き方だと思います。

たとえ草の根であったも、私だけが、私の生き方を表現できると思うのです。
マクロビオティックを通して、あなたのお父様が私に教えてくださったことです。

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