May 11, 2005

マクロビはじめて物語 1)石塚左玄

今日は、マクロ本から「マクロビはじめて物語」シリーズの1日目。

マクロビオティックを作った人たち・
その3人の紹介からマクロビの歴史を見ていきましょう。

初日は「食養生の祖」・石塚左玄氏。




 マクロビオティックの歴史は明治時代にさかのぼります。


石塚左玄 いしづか さげん (1851〜1909)


明治時代の日本、石塚左玄氏を祖とする「食養生」という考え方が生まれます。
左玄氏は卓越した手腕で知られた陸軍の薬剤官でした。
「食養」は中国医学の流れをくむ、日本伝統の医学「漢方」の考え方。
この「食養」としての【玄米菜食】を最初に体系化したのが左玄です。
彼の唱えた「食養生」とは、精白しない穀類を主に、旬の野菜、豆、小魚、海藻を中心とする日本の伝統食を見直し、「食」を通じて健康になるというものです。

1896年に出版された「化学的食養長寿論」には左玄氏が食養生の基本とした六つの考え方が書かれています。

1) 食本主義
   食物が人間を作っています。したがって食物で病気は治すことができ 
  ます。
  (医食同源と同じ意味)

2) 穀食主義
   人間は穀食動物です。食事の50%を主食(穀物/当時は分づき米)で摂ることを基本とします。

3) 身土不二論
   人間もまた自然の中で生かされています。住んでいる土地でとれた旬
   の食物を摂ることで、自然環境に調和して生きることができます。

(左玄は「身土不二」という言葉を使ってはいませんでした。「身土不二」という言葉を始めて使ったのは、左玄の弟子の西端学氏で、左玄が亡くなった後に食養会の会長だった人物です。)

4) 一物全体食論
   食物は葉も根も皮もすべてでひとつのもの。
   残さず全体を摂ることで栄養のバランスがとれます。
   例えば、米ならば玄米を食べるということです。

5) 陰陽調和論
   陰陽のバランスを摂ることで、自然環境に適応し、病気を未然に防ぎ
   ます。

   (陰陽の考え方は漢方に見られます。奈良・平安時代に伝わった
    中国の医学(中医学)は、日本独自の医学として室町時代くらいには
    ほぼ完成していました。江戸時代の時代劇でお医者様が薬草を
    ゴリゴリやっているのは、この漢方です。
    漢方は明治維新とともに「蘭方 らんぽう(西洋医学)」に移り変
    わっていきます。

6) 三白追放
   白砂糖・白米・白パン(小麦粉)など、精製された食物を摂らない。
   精製された純度の高い食物には、体が適応できず様々な副作用の原因
   になると考えられています。

この食養生の考え方の中には、現代のマクロビオティックに通じるものがたくさん見られます。

食養生の考え方は、左玄氏の食養法を学んだ一人の青年
「桜沢如一(マクロビの父)氏」に受け継がれ、
マクロビオティックとして世界的な自然食ブームの発端になりました。


  【マクロビはじめて物語 2) 桜沢如一 】へ続きます。



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この記事へのコメント

1. Posted by 小宅 宗   February 24, 2007 12:38
糖尿で悩んでおります。どんな食事がいいのかよくわかりません。ご教授ください。
2. Posted by macrobi papa   February 25, 2007 01:18
はじめまして、小宅さん。

何かを食べて治すと云うのではないのです。
マクロビオティックの食事法で、糖尿を治癒することは可能です。
しかし、そのためには厳密な食事制限を必要とします。それは「絶対治す」という覚悟なしでは難しいと思うのです。

もし本気で治されたいと思うのでしたら、僕のような者ではなく、山村真一郎先生の望診を受けられるのが良いと思います。
小宅さんの体質にあった食事法を見てくれるはずです。
もしなにかお力になれることがあれば、どうぞご相談下さい。お待ちしています。

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